この記事は「日本身体運動科学研究所 代表理事・笹川 大瑛」の監修のもと作成されています。
妊娠中にヘルニアの症状が現れると、赤ちゃんへの影響や出産への不安が高まりますよね。この記事では、妊婦さんに起こりやすい鼠径ヘルニアや腰椎椎間板ヘルニアの原因と症状、安全な治療法、そして出産への影響について専門家の見解をまとめました。妊娠中のヘルニアは基本的には出産後に手術を行うのが一般的ですが、症状が重度で緊急を要する場合や、妊娠4〜6ヶ月以内であれば子宮収縮を予防しながら手術を行うことも検討されます。適切な知識と医師の指導により、安心して妊娠期間を過ごすための情報をご紹介します。
目次
妊娠中に起こりやすいヘルニアの種類と主な症状は?
妊娠中の女性に発症しやすいヘルニアには、主に「鼠径ヘルニア」と「腰椎椎間板ヘルニア」の2種類があります。それぞれの特徴と症状について見ていきましょう。
鼠径ヘルニアとは?妊婦さんに現れる特有の症状
鼠径ヘルニアは、腹部内臓の一部が鼠径部(太ももの付け根)の筋肉の隙間から飛び出す状態です。妊娠中は腹腔内圧が高まるため、特に発症リスクが上昇する傾向があります。
妊婦さんに見られる鼠径ヘルニアの主な症状:
- 鼠径部(太ももの付け根)の膨らみや腫れ
- 立ったり歩いたりすると痛みが増す
- 横になると症状が軽減する
- 咳やくしゃみをすると痛みが強くなる
- お腹が大きくなるにつれて症状が悪化する場合がある
鼠径ヘルニアの症状が重度の場合には、お腹が大きくなる前の妊娠4~6ヶ月以内を目安として手術を行うことがあります。その場合は子宮収縮の予防しながら手術を進めていきます。
腰椎椎間板ヘルニアとは?妊娠中の特徴的な痛み
腰椎椎間板ヘルニアは、背骨と背骨の間にあるクッションの役割をする椎間板が飛び出し、神経を圧迫する状態です。妊娠中は体重増加やホルモンの変化により靭帯が緩み、発症リスクが高まる可能性があります。
妊婦さんの腰椎椎間板ヘルニアによく見られる症状:
- 腰痛だけでなく、お尻から足にかけての痛みやしびれ
- 長時間の立ち座りで痛みが増す
- 足に力が入りにくくなる
- くしゃみや咳をするとき、腰に鋭い痛みが走る
- 妊娠が進むにつれて症状が悪化することが多い
ヘルニアの種類 | 妊娠中の主な症状 | 妊娠中の治療法 |
---|---|---|
鼠径ヘルニア | 鼠径部の膨らみ・痛み(92%) 立位で悪化、臥位で改善 | 基本は出産後に手術 重症なら妊娠4-6ヶ月で手術も |
腰椎椎間板ヘルニア | 腰痛・坐骨神経痛 足のしびれ・脱力感 | 保存的治療が基本 馬尾症状なら緊急手術 |
なぜ妊娠中にヘルニアになりやすい?主な原因を解説
妊娠中の女性がヘルニアを発症しやすい理由には、身体的な変化とホルモンの影響が大きく関わっています。種類別の原因を詳しく見ていきましょう。
鼠径ヘルニアが妊娠中に発症する主な原因
妊娠中の女性が鼠径ヘルニアを発症する主な原因として、以下の要素が考えられます:
- 子宮の増大による腹腔内圧の上昇
- 妊娠によるホルモン(リラキシン)の影響で組織が緩む
- 妊娠前からの腹壁の脆弱性
- 以前の出産や手術による腹壁の弱さ
- 妊娠中の体重増加による負担の増大
妊娠して鼠径部のヘルニア門が開く、というよりは、妊娠により腹腔内圧が上昇し、体壁ヘルニアが顕在化しているのだと考えられます。
腰椎椎間板ヘルニアが妊婦に多い理由
妊娠中の腰椎椎間板ヘルニアは、次のような要因で発症リスクが高まると考えられています:
- 妊娠による体重増加で腰椎への負担が増大
- ホルモンの影響で靭帯が緩み、椎間板に負担がかかる
- 重心の変化による姿勢の悪化
- 骨盤の前傾姿勢による腰椎への圧力増加
- 妊娠前からの腰痛や椎間板の弱さがある場合はリスクが高まる可能性がある
妊娠中は約56%の女性が腰痛を訴え、腰椎椎間板ヘルニアは1万人に1人と稀ですが、発症すると日常生活に大きな支障をきたす可能性があります。
【医師監修】妊娠中のヘルニアの検査方法と診断について
妊娠中のヘルニアの診断は、母体と胎児の安全を最優先に考慮して行われます。使用できる検査方法は限られていますが、適切な診断により最適な治療計画を立てることが可能になります。
鼠径ヘルニアの検査と診断
妊婦さんの鼠径ヘルニアは主に次のような方法で診断されることが多いです:
- 視診・触診:医師が鼠径部の膨らみを直接観察し、立位や咳をした時の変化を確認
- 超音波検査:放射線被曝のない安全な検査方法で、ヘルニアの有無や大きさを確認
- 問診:症状や痛みのパターン、既往歴などの詳細な聞き取り
腰椎椎間板ヘルニアの診断方法
妊婦さんの腰椎椎間板ヘルニアの診断には以下の方法が一般的に用いられます:
- 神経学的検査:下肢の筋力やしびれ、反射などを調べる検査
- 超音波検査:限定的ですが、一部の状況で利用可能
- MRI検査:妊娠中も条件付きで可能な場合があり、最も詳細な情報が得られる
妊娠中のMRI検査については、医師と相談の上、利益とリスクを慎重に検討することが推奨されています。一般的に妊娠後期や緊急性が高い場合に限って実施されることが多いようです。
詳しい検査や診断については、日本脊椎脊髄病学会のガイドラインも参考になります。
妊婦さんのヘルニア治療:安全な治療法と注意点
妊娠中のヘルニア治療は、胎児の安全を第一に考え、できるだけ保存的な治療が優先される傾向があります。病態や症状の程度によって、適切な治療法が選択されます。
鼠径ヘルニアの治療法と時期
妊婦さんの鼠径ヘルニアの一般的な治療方針は以下のように考えられています:
- 基本的には出産後に手術を検討
- 症状が軽度の場合は経過観察
- 嵌頓(かんとん)など緊急時は総合病院での入院治療
- 妊娠4~6ヶ月以内で症状が重度の場合、子宮収縮を予防しながら手術を行うことも検討される
鼠径ヘルニアの手術は出産後に落ち着いてから受けられることをおすすめしています。嵌頓(かんとん)など緊急な状態になったら産科と外科がどちらもある総合病院への入院をご検討ください。
腰椎椎間板ヘルニアの安全な治療選択肢
妊婦さんの腰椎椎間板ヘルニアに対する治療法としては、以下のようなアプローチが考えられています:
- 保存的治療:安静、姿勢指導、物理療法
- 使用できる薬剤が限られる(胎児への影響を考慮)
- 重度の神経麻痺症状(馬尾症状)がある場合のみ緊急手術が検討される
- 基本的には出産後に手術を検討
妊娠中の腰椎椎間板ヘルニアの治療では、胎児への薬剤の影響や手術リスクを考慮し、可能な限り保存的治療が選択されることが多いようです。
治療法 | 妊娠中の安全性 | 適応 |
---|---|---|
保存的治療 (安静・物理療法) | ◎ 最も安全 | 軽度~中等度の症状 |
薬物療法 | △ 一部制限あり | 痛みが強い場合(医師と相談) |
手術療法 | × 基本的に回避 | 緊急時・重症例のみ |
コルセット等の補助具 | ○ 比較的安全 | 腰部の安定が必要な場合 |
妊娠中のヘルニア、自分でできる対処法と痛みの緩和ケア
妊娠中のヘルニアによる不快感や痛みを和らげるため、自宅でも実践できる安全な対処法があります。医師の指導のもと、以下の方法を検討してみましょう。
鼠径ヘルニアの自己ケア方法
妊婦さんが鼠径ヘルニアの症状を緩和するためにできることとして、以下のような方法が考えられます:
- 横になって休息を取る(特に症状が強い時)
- 重いものを持ち上げない
- 適切な姿勢を保つ
- 便秘を予防する(腹圧上昇を避けるため)
- 医師が推奨する場合はサポートベルトの使用
腰椎椎間板ヘルニアの痛み緩和エクササイズと姿勢改善
妊婦さんでも安全に行える可能性のある腰椎椎間板ヘルニアの痛み緩和法:
- 適切な姿勢の維持(特に座位と立位)
- 医師や理学療法士が指導するストレッチ
- ぬるま湯での入浴(長時間の熱い湯は避ける)
- マタニティ用の腰部サポートクッションの使用
- 適度な休息と活動のバランス
妊娠中の腰痛改善には、骨盤の安定を意識した適度な運動や入浴で血行を改善することが効果的とされています。
ヘルニアが妊娠・出産に与える影響とは?
ヘルニアがあることで妊娠経過や出産方法にどのような影響があるのか、多くの妊婦さんが不安に感じられます。それぞれのヘルニアタイプ別に、妊娠・出産への影響について解説します。
鼠径ヘルニアと出産方法の選択
鼠径ヘルニアがある場合の妊娠・出産への影響として、以下のような点が考えられています:
- 軽度の鼠径ヘルニアは経膣分娩も可能な場合が多い
- 嵌頓のリスクがある場合は帝王切開が検討されることもある
- 出産時の腹圧でヘルニアが悪化する可能性
- 出産後に手術が必要になることが多い
腰椎椎間板ヘルニアと分娩方法の関係
腰椎椎間板ヘルニアの妊娠・出産への影響として、次のような点が指摘されています:
- 症状が軽度から中等度の場合、通常の経膣分娩が可能なことが多い
- 痛みの強い体位を避けた分娩姿勢の工夫
- 硬膜外麻酔の使用を検討する場合がある
- 症状が重度の場合は帝王切開が検討されることも
- 出産後は一時的に症状が改善する傾向がある
妊娠31週に腹臥位・全身麻酔下で手術を行った腰椎椎間板ヘルニアの症例もありますが、これは非常に稀なケースです。基本的には妊娠中に症状を呈する腰椎椎間板ヘルニアは保存的治療により軽快することが多いとされています。
産後のヘルニアはどうなる?知っておきたいこと
出産後のヘルニアの経過や治療について、事前に知っておくことで心の準備ができます。産後の回復と治療計画について解説します。
産後の鼠径ヘルニア治療のタイミング
出産後の鼠径ヘルニア治療については、次のような点が参考になります:
- 出産後1〜3ヶ月程度は体の回復を優先
- 産後の体調が安定してから手術を計画
- 日常生活や育児への負担を考慮した治療計画
- メッシュを使用した修復手術が一般的
- 手術は日帰りから2〜3日の入院
出産後の腰椎椎間板ヘルニアの経過と対応
産後の腰椎椎間板ヘルニアについては、以下のような特徴が見られることがあります:
- 出産による腹圧の減少で症状が改善する場合がある
- 抱っこやおむつ交換など育児動作による腰への負担増加に注意
- 産後1〜2ヶ月での再評価が一般的
- 症状が継続・悪化する場合は手術を検討
- 産後のリハビリテーションの重要性
産後は体のケアだけでなく、育児による腰への負担を軽減するための工夫や家族のサポートも重要と考えられています。
専門家のアドバイス:妊娠中のヘルニア対応のポイント
妊娠中のヘルニアに対応する際に、専門家が特に強調するポイントをまとめました。安心して妊娠期を過ごし、適切な治療を受けるための指針としてください。
いつ医師に相談すべき?受診の目安
以下のような症状がある場合は、早めに医師に相談することが推奨されます:
- 鼠径部の膨らみが急に大きくなった
- 強い痛みが続く、または突然の激痛
- 足のしびれや脱力感が強まる
- 排尿や排便に問題が生じた
- 発熱や吐き気など全身症状を伴う
妊娠前からヘルニアがある場合の妊娠計画
妊娠前からヘルニアと診断されている場合の注意点として、以下が挙げられます:
- 可能であれば妊娠前に手術を検討
- 妊娠計画について医師と相談
- 妊娠中の症状悪化に備えた対策
- 産前産後のケア計画の重要性
また妊娠中や出産後に腰痛を訴える方は、以前にぎっくり腰や椎間板ヘルニアを経験しているなど、元々腰の状態がよくない場合が多いです。妊娠中や妊娠前から腰を良い状態に保つことが重要です。
妊婦がヘルニアと診断されたときの病院選びのポイント
妊娠中にヘルニアと診断された場合、適切な医療機関の選択が重要です。以下のポイントを参考に、自分に合った病院を選びましょう。
- 産婦人科と外科・整形外科の連携が取れている総合病院
- 妊婦のヘルニア治療経験が豊富な医師がいる
- 緊急時に対応できる体制が整っている
- 自宅からのアクセスの良さ(定期的な通院が必要な場合)
- 産後のフォローアップ体制が整っている
当クリニックでは、妊婦さんのヘルニア症状に対して適切な診断と治療を提供しています。
妊婦のヘルニアに関するよくある質問
Q. 妊娠中のヘルニアは自然に治りますか?
A. 妊娠中のヘルニアが完全に自然治癒することは稀です。鼠径ヘルニアは基本的に手術による修復が必要となります。一方、腰椎椎間板ヘルニアは保存的治療で症状が改善することがありますが、完全な治癒ではなく、出産後も継続的なケアが必要な場合が多いです。出産後は体の状態が変化するため、再評価して適切な治療計画を立てることが重要です。
Q. 妊婦のヘルニアはどの科を受診すべきですか?
A. 妊婦のヘルニアは、まずは担当の産婦人科医に相談することをおすすめします。産婦人科医の判断により、症状に応じて適切な診療科(鼠径ヘルニアの場合は外科、腰椎椎間板ヘルニアの場合は整形外科や脳神経外科)へ紹介されることになります。妊娠管理と並行して専門的な治療が必要なため、産科と他科の連携が可能な総合病院での受診が望ましいでしょう。
Q. 妊娠中のヘルニアで運動はしても大丈夫ですか?
A. 妊娠中のヘルニアがある場合の運動は、症状の程度や種類によって異なります。一般的に腹圧を高める激しい運動や重いものを持ち上げる動作は避けるべきです。水中歩行やマタニティヨガなど、医師に許可された穏やかな運動であれば可能な場合もあります。必ず担当医に相談し、個別の状態に合わせた運動プログラムを立てることをおすすめします。
Q. ヘルニアがある状態で出産は可能ですか?
A. ヘルニアがある状態でも出産は可能なケースが多いです。症状が軽度から中等度の場合、経膣分娩を行えることもあります。ただし、症状の重症度や種類によっては、帝王切開が推奨されることもあります。特に嵌頓のリスクがある鼠径ヘルニアや重度の神経症状がある腰椎椎間板ヘルニアの場合は、出産方法について慎重に検討する必要があります。産婦人科医とヘルニア専門医の連携による判断が重要です。
Q. 妊娠中のヘルニアの手術はいつ行われますか?
A. 妊娠中のヘルニア手術は、基本的には出産後に行うことが一般的です。ただし、緊急性が高い場合(嵌頓した鼠径ヘルニアや神経麻痺を伴う重度の腰椎椎間板ヘルニアなど)や、症状が非常に重度で日常生活に支障をきたす場合は、妊娠4〜6ヶ月の比較的安定した時期に手術を検討することもあります。この場合、子宮収縮の予防に注意を払いながら手術が行われます。手術のタイミングは、母体と胎児の安全を最優先に、症例ごとに慎重に判断されます。
Q. 妊娠中に痛み止めは使用できますか?
A. 妊娠中の痛み止めの使用は制限があります。胎児への影響を考慮し、使用できる薬剤が限られているためです。アセトアミノフェンは比較的安全とされていますが、NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)は特に妊娠後期では避けるべきとされています。痛みがある場合は、自己判断での服用は避け、必ず産婦人科医に相談し、適切な薬剤と用量について指示を仰ぐことが重要です。また、薬物療法に頼らない痛み緩和法(理学療法、適切な姿勢、休息など)も検討しましょう。
Q. 妊娠中のヘルニアは悪化しますか?
A. 妊娠中のヘルニアは、妊娠の進行に伴い悪化する可能性があります。とりわけ妊娠後期では、子宮の増大による腹圧上昇や体重増加の影響から、症状がより顕著になるケースが見られます。鼠径ヘルニアの場合、腹部が大きくなるにつれて膨らみが目立ち、痛みが増すことがあります。腰椎椎間板ヘルニアも、妊娠による姿勢変化や体重増加によって症状が悪化することがあります。悪化を最小限に抑えるためには、医師の指導に従い、適切な自己ケア(重いものを持たない、良い姿勢を保つなど)を行うことが重要です。症状の急な変化がある場合は、すぐに医師に相談しましょう。
まとめ:妊婦さんのヘルニアとの上手な付き合い方
妊娠中のヘルニアは決して珍しくない症状であり、適切な知識と医療サポートがあれば安全に管理できる可能性が高いと考えられています。この記事のポイントをまとめると:
- 妊娠中は鼠径ヘルニアと腰椎椎間板ヘルニアが発症しやすい
- 原因は主に妊娠による体重増加、ホルモンの変化、腹圧上昇
- 基本的に手術は出産後に行い、妊娠中は保存的治療が中心
- 緊急性の高い症状には早めに医療機関を受診
- 日常生活での自己ケア(姿勢、休息、適度な運動)が重要
- 産後の治療計画を含めた長期的な視点での管理が必要
症状に不安がある場合は、産婦人科医に相談し、必要に応じて専門医(外科、整形外科)の診察を受けることをおすすめします。母体と赤ちゃんの安全を最優先に、適切な治療とケアを受けながら、安心して妊娠期間を過ごしましょう。